2008/12/08

石川遼(ハニカミ王子

石川 遼(いしかわ りょう、1991年9月17日 - )は、埼玉県松伏町出身のプロゴルファー。所属はパナソニック。身長173cm、体重68Kg。杉並学院高等学校在学中。

人物
幼少期

6歳の頃、父に連れられてゴルフ練習場に行った事をきっかけにゴルフにのめりこむ(当時の将来の夢は、ポケモンのトレーナー)。松伏町立松伏小学校では、サッカークラブ、園芸委員会に所属。松伏町立松伏第二中学校では、ゴルフ部ではなく陸上部に所属した。これは、短距離走で足の筋力と体力を付けるため。幼いころから負けず嫌いだった。


アマチュア時代
2004年に全国小学校ゴルフ選手権横尾要カップで優勝。2005年関東中学校選手権、全国中学校選手権大会・春季大会を優勝するなど、全国規模の大会で常に上位を争うレベルにあった。

高校生となった2007年に行われたマンシングウェアオープン KSBカップで、日本のプロゴルフ大会においての史上最年少優勝を達成。男子ツアーでのアマチュア優勝は「中四国オープン」で優勝した1980年、倉本昌弘以来で史上2人目[1]。大会初日が暴風のため中止となったため、最終日に2ラウンドが行われた。高校生でありながら36ホールを回っての逆転優勝(2日目終了時点で7打差の23位)であった。この優勝は世界最年少優勝記録(15歳245日)としてギネス・ワールド・レコーズに認定された。

同年7月に行われた世界ジュニア選手権に出場し個人23位。8月17日、霞ヶ関CCで行われた日本ジュニアゴルフ選手権 男子15歳~17歳の部で大会史上最年少の15歳11ヶ月で初優勝。スコアは大会レコードタイとなる3日間通算9アンダーで204。直後のフジサンケイクラシックでは、2日目まで首位と3打差の6位だったが3日目でスコアを落とし、結局3日間通算1オーバーの214で15位に終わるがローアマチュア(出場アマチュア選手最上位)を獲得。東海クラシック、三井住友VISA太平洋マスターズでもローアマチュアを獲得する。また、マンシングウェアオープンKSBカップでの優勝により、その年のツアー優勝者に出場資格のあるゴルフ日本シリーズJTカップにアマチュアとして初めて出場した[2]。この年はプロツアー8試合に参戦して5試合で予選を通過[3]、4試合でローアマチュアを獲得する活躍を見せた。


プロ転向
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2008年1月10日、記者会見を行いプロ転向を宣言。16歳3ヵ月24日の史上最年少のJGTOツアープロとなる。また、2009年末までシード権を保有していることから、同時に史上最年少のシード選手となった。JPGAのプロゴルファー資格は2008年4月1日に取得。

2008年1月25日にはヨネックスと5年間総額10億円の用具総合使用契約(ボール以外のクラブ、ウェアなど)を結んだ。ヨネックスと契約をしたのは、石川が10歳のとき実父とヨネックス本社に赴き、用具提供の支援の依頼をし、それをヨネックスが快諾したという関係からとされる。ヨネックスの他に、所属契約をパナソニックと、移動サポートをANA、サングラスを山本光学などとも契約した。その他、4月1日からトヨタと2年契約、コカ・コーラと5年契約、NTTドコモと3年契約を交わした。

プロデビューは2008年2月5日に行われたオーストラリアのシドニーで行われた全英オープン予選会で4オーバー(1日制、36ホール)の41位。国内ツアーデビューは2008年4月の東建ホームメイトカップで2日目、3日目に首位に立ったが、最終的に5位Tであった。その後は5戦連続予選落ちなどで低迷するが、長嶋茂雄Invitational セガサミーカップゴルフトーナメントで3位タイに入り復調の兆しを見せ、2008年8月21日から24日にかけて行われた関西オープンでプロ転向後初優勝を挙げた[4]。2008年11月2日のマイナビABCチャンピオンシップにて優勝し、プロ転向後ツアー初優勝、ツアー通算2勝目を飾ると共に2010年までのシード権も獲得した。

2008年にはゴルフ記者賞、MIP賞、新人賞を受賞した


ハニカミ王子
マンシングウェアオープンKSBカップの優勝インタビューでの言動から「ハニカミ王子」というニックネームが付いている。ちなみにその名づけ親は、この大会のテレビ中継を実況し、彼の優勝インタビューの最中にふと彼を「ハニカミ王子」と呼んだ瀬戸内海放送(KSB)の多賀公人アナウンサーである[5]。まさに優勝した瞬間に生まれたニックネームであった。優勝記者会見で石川本人も「ハニカミ王子」のニックネームについてコメントした。

なお、優勝当日フジテレビジョンの新報道プレミアAでは、サンバイザーをつけている姿から「サンバイザー王子」と呼んでいたが、まったく定着しなかったため翌週から「ハニカミ王子」と呼んでいた。この愛称が定着した理由としては、すでに定着していた野球選手斎藤佑樹の愛称「ハンカチ王子」と響きが似ていたことも挙げられる。

2007年の活躍などが評価され、『ハニカミ王子』が2007年の流行語大賞に選ばれる。


石川フィーバーに伴う騒動
2007年関東アマチュアゴルフ選手権にて、TBSが石川に取材を試みようとし、同伴競技者に小型マイクを装着する依頼を行った。しかし、依頼は通らず、選手は大会主催者に報告をした。また、同日にTBSのヘリコプターを大会中に飛ばし、プレイを妨げる事件が起きた。この迷惑行為により、TBSは関東ゴルフ連盟に謝罪を行い、同日午前放送の番組で陳謝した[6]。また、同局の「筑紫哲也NEWS23」の膳場貴子キャスターが石川宛にしたためたラブレターをスタッフが手渡そうとしたことも発覚。ちなみに、この作戦は失敗に終わった。
また2007年の全米オープンの開幕前の会見でテレビ朝日の記者がタイガー・ウッズとフィル・ミケルソンに「ハニカミ王子を知っていますか?」と質問し、産経新聞が「メジャーの舞台では全く場違いな質問であり、世界中の記者から失笑がもれた」と報じたものの、実際にはウッズとミケルソンは大人の対応でその質問に答えた。またテレビ朝日はウッズには事前に石川のプレーを見せており、むしろ大会前の貴重な時間に全く関係のないビデオを見せたことの方が問題といえよう(ただウッズとテレ朝の関係は良好であり、大きな問題にはならなかった)。
2007年9月3日、ギネスブック認定会見では、日本テレビの番組「ラジかるッ」のカメラが主催者の許可無く勝手に取材をし、お笑い芸人が石川にポーズを強要したとのことで主催者側の怒りを買うという事件も発生。なお、同局は映像の放送を自粛した。
2008年4月25日~27日に行われたつるやオープンゴルフトーナメントでは、多数のギャラリーの対応の為に、送迎バスの増発や会場の最寄駅である能勢電鉄日生中央駅の発車ダイヤは臨時ダイヤになり増発となった。また、ギャラリーの女性が転倒骨折し救急車に運ばれる事故も発生。

その他
「ぽっちゃり王子」こと古田幸希と仲が良い。記者会見などでは、二人が漫才のような絶妙の掛け合いで会場を笑わせるため、各局のスポーツニュースでは、「W王子の爆笑会見」としてトップニュースとして扱うことがある。
2007年5月25日に優勝報告のため埼玉県庁を訪れた際、上田知事から県のマスコット・コバトンのぬいぐるみが贈られた。
2007年6月12日に行なわれた関東高校選手権・東京都ブロック予選終了後に地元・浦和レッドダイヤモンズのファンであることを告白している。
憧れのプロゴルファーはイアン・ポールターで、彼の独特なファッションセンスに魅力を感じている。また、憧れの男性はSMAPの木村拓哉で2008年にゴルフ対談をしたこともあり、自身のブログでも語っている。
2008年に出身地・松伏町の松伏総合公園に石川選手を称える石碑が設置された。

脚注
誰も予想しなかった、世界最年少アマチュアV!!". DUNLOP SPORTS ENTERPRISES (2007-5-20). 2007年6月6日 閲覧。
アマチュアには出場資格はなかったが、石川がマンシングウェアオープンKSBカップで優勝したため、規定を変更して出場資格が与えられた
ゴルフ日本シリーズJTカップは予選がないため含めず
ただし関西オープンはツアートーナメント外の大会で賞金もランキングに加算されない
「東児が丘の王子は笑顔がすてきなハニカミ王子でもあった」と、中継終了直前に喋った
ゴルフの石川選手取材、TBSが不適切行為として陳謝". 朝日新聞 (2007-6-6). 2007年6月6日 閲覧。